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母豚を拘束する分娩ストールとは

子どもを「生産」ために飼育される母豚は、一生のほとんどをストールという拘束機器の中ですごしている。

妊娠期間中は「妊娠ストール」に、そして出産の少し前から子供が生まれて離乳する生後21日までの間は「分娩ストール」に閉じ込められる。
どちらのストールも、方向転換が不可能な、著しく狭い拘束機器であることは同じだ。
母豚たちは「生産性」が落ちる生後5-6年で殺されるまでの間、妊娠ストールと分娩ストールの間を行ったり来たりを繰り返して過ごす。

写真:日本の分娩ストール

今から出産をするという時、自然界ならば母豚は「巣作り」をする。屋外で飼育されている母豚は、枝や草を使って精巧な巣を作る。巣作りをして安全な場所に子供を産みたいという強い欲求があるからだ。
その強い欲求はストールに閉じ込められても失われない。彼女たちも巣作りの真似事を始める。分娩前には非常に活動的になり巣作りやルーティング(鼻で地面を掘る行動)のような巣作り動作に何時間も費やす。そのような行動により顔に擦り傷を作ったりすることもあるくらいだ。しかし巣を作る材料も何もないストールの中で、彼女たちがいかに巣作りに励んでも、巣が完成することは決してない。
あるブログ記事には、ストールに入れられていた母豚が逃げ出してしまったことが書かれていた。その母豚は養豚場の事務所に入り込み、その中で机をひっくり返し紙で巣を作り、そこで子豚を産んだそうだ。

子供を安全な場所で産みたいというのはすべての生き物に共通する強い思いだ。そのようなあたりまえの欲求をかなえることができないのが、現代の養豚だ。

妊娠ストールと分娩ストールは、何が違うのか?

妊娠ストールは、母豚を妊娠期間中に閉じ込める檻で、分娩ストールは、母豚を「出産前~産まれた子豚が21日齢になり強制的に離乳させられるまで」閉じ込める檻のことをいう。分娩ストールは母豚と子豚が一緒に過ごすために設計されており、母豚のストールの周りは子豚が食事をしたり寝たりするスペースになっている。
「子豚と一緒に過ごす」と書いたが、そのようなアットホームな空間ではない。母豚は歩くことも方向転換することもできない檻(ストール)に拘束されて子豚の世話をしてやることはできない。子豚はストールの隙間からはいって、拘束された母豚の乳を飲む。分娩ストールの母豚の役割は、子豚への乳を出すマシーン以外のなにものでもない。

なぜそのような自由のない施設に閉じ込め母子行動を奪うのか?その答えとしてかえってくるのは「母豚が子豚を踏みつぶすのを防ぐため」だという。

子豚を踏みつぶす?

多くの母豚は、子どもの世話に対して優れた生来の感覚を持っており、横になるときは非常に注意するように最善を尽くす*。それなのになぜ子豚を踏みつぶしてしまうことがあるのだろうか?
それには、ストールで自由を奪われ、常時ストレスにさらされていることと関係があるだろう。豚はとても繊細な生き物だ。そのような環境でまともな精神状態を保つことは難しい。母豚は気配りをする余裕がなくなっているのかもしれない。ストールをしていない放牧養豚経営者は「よく食べ、自由に運動できる環境下では、母豚は子豚が圧死しないように気を配るなど面倒見もよくなる」という。
音や匂いで子供の場所を把握する母豚にとって、現代の工場と化して大量の豚が詰め込まれている豚舎では、その感覚が混乱してしまうのだろう。そもそも自然界ならこのような環境を子育ての場として選ばないだろう。

忘れてはならないのは、この分娩ストールを使用しても、圧死を防ぐことはできないということだ。ある中規模の養豚場は分娩ストールを使用しているが、母豚一頭当たりの圧死数は子豚1-2頭だという。
子豚を踏みつぶすのを防ぐ、という理由で設置された分娩ストールが、子どもを踏みつぶす要因にもなっているのだ。

さらにスイスでは1997年に分娩ストールがすでに禁止されているが、その根拠の一つとなったのは「分娩ストールを使えば子豚の死亡率が下がる」という言い伝えが根拠のないものであることが分かったことである。禁止後の調査でも、子豚の圧死のみを比較すれば分娩ストールを使ったほうが死亡率は低いが(母豚一腹当たり0.62対0.52)、子豚は圧死以外の方法でも死ぬ。この圧死以外の理由の死亡率は分娩ストールを使ったほうが高いという結果になっている(母豚一腹当たり0.78対0.89子豚)。そして商業農場の繁殖データの結果から、結局のところ分娩ストールを使わないほうが子豚の損失は少ないという結論になっている。

Piglet mortality on farms using farrowing systems with or without crates

もう一つ、「品種改良」の結果、商業利用される豚の体重が増え、足が脆弱になっていることも要因だと考えられる。母豚は座るときに子豚を踏まないように徐々に座るが、体重の重さと足の脆弱さでそれがうまくいかないことがあるからだ*。

母豚の攻撃から従業員を守る?

もう一つストールを使う理由として言われるのが、母豚が攻撃してくるから、というものだ。だが母豚が攻撃するのは人に対してネガティブな感情を抱かざるを得なかった経験を持っているからで、優しい扱いをすれば、攻撃は軽減される*。

*May 17, 2021 Preventing piglet mortality in free farrowing pens

分娩ストールを使わずに、母豚を飼育するコツは、コチラをご覧いただきたい。

諸外国では分娩ストール廃止の流れ

妊娠ストールは、日本を除く多くの国で禁止が決定しているが、分娩ストールも例外ではない。すでに妊娠ストールが禁止となった国では、この分娩ストールも廃止しようという運動が始まっている。

ノルウェーとスウェーデン、スイスでは分娩ストールは禁止。別のヨーロッパ諸国、特にオランダやデンマークでは、出産から離乳までの期間の「母豚のフリーの飼育システム」の開発と販売がおこなわれている。
オーストラリアでも関心がもたれており、アメリカでも議論がすすんでいる*。
Opinion on Free Farrowing Systems October 2015 Farm Animal Welfare Committee,Area 4B, Nobel House,17 Smith Square,London, SW1P 3JR.

デンマークは分娩ストールの削減を目標として掲げている。
Danish Crown Group Animal Welfare Policy

ドイツは分娩ストールの使用を最大5日間とする法案が検討されている。
Germany: New regulations propose greater animal welfare in pig farming

ニュージーランドでは2020年11月に、高等裁判所は、分娩箱の使用は違法であると裁定し、国の法律に変更が必要であると指摘した。これはこれは6月に動物保護団体が分娩箱と交配箱の使用は国の動物福祉法に同意しないだろうと主張した訴訟をうけたものである。高等裁判所のヘレン・カル裁判官は、農業大臣のダミアン・オコナーは、分娩箱と交配ストールの使用を段階的に廃止する新しい規制を検討し、最低基準を改善する必要があると述べた。Nov 19, 2020 New Zealand: Farrowing crates for pigs are unlawful

イスラエルは出産後2週目以降の使用を禁止している
The Animal Welfare Regulations (Defence of Animals) (Raising Pigs and Keeping Them for Agricultural Purposes), 2015

2021年イギリス国会で分娩ストール廃止法案が提出された。

 

私たちにできること

母豚は分娩ストールに拘束されたまま、子宮口に死んだ子豚を詰まらせた状態で、疲れ切って横たわっている。
隣には羊膜に包まれた子豚たちが死んでいる。
分娩中に酸素不足で窒息死したのか、分娩後に死亡したのかはわからない。
もし仮死状態で産まれたのならば、本来なら飼育者が羊膜を取り除き呼吸補助をしてやる必要があるだろう。出産に時間がかかると低酸素で豚が死んでしまうこともあるので、母豚の下腹部をマッサージしたり、詰まっている子豚を引き出してやったり、場合によっては医療処置も必要だ。
しかし母豚も子豚も、なんの処置もされない状況で放置されていた。

分娩ストールに母豚を閉じ込めることで「母豚が子豚を圧死させる危険が減った」として、現代では出産をみまもらない「無看護分娩」が主流になっているが、ストールに拘束され運動不足で健康体でない母豚には、常に異常分娩のリスクが伴う。産子数が多いほど死産が多いと言われるが、産子数を品種改変で増やしてきたのも人間だ。豚の祖先のイノシシの産子数が4-5頭、一方豚は11頭にまで増頭させられてしまっている。閉じ込めて飼育下におくならば、母豚の安全、産まれた子豚の安全を見守るのが筋というものだろう。

しかし数名で何千頭もの豚を管理する現代の畜産では、豚一頭一頭にそのような労力を割けと言うほうが無理なのかもしれない。
母子たちがこのような状態で放置されている責任がどこにあるのかを突き詰めると結局は我々消費者に行き当たる。もし一人一人が豚の飼育環境に目を向け、残酷な方法で作られた豚肉をボイコットしていたなら、豚たちの環境は大きく変わっていただろう。ストール飼育された豚の肉はいらないと意思表示してたなら、このような残酷な光景はなかったかもしれない。

豚には選択できないが、我々にはたくさんの選択肢がある。もし思いやりのある選をするならば、こんな残酷なことはもう終わらせることが可能なのだ。

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