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平和問題と動物問題のつながり:彼にとってたった一度の人生です

動物問題は、様々な人間自身の問題と深くつながっています。
生態系に与える影響、地球温暖化に与える影響、資源に与える影響、人々に与える影響、様々です。

放牧や畜産動物の餌(飼料)のために地球環境が破壊され、生態系を失い、水を失い、農地を失っていっています。食糧資源も過剰に費やされ、またそれにより自然が破壊される悪循環に陥っています。

様々な問題があれど、社会の持続可能性を最も早いスピードで奪うものがなにかといえば、それは差別と暴力、そう、平和問題である。

自分の地域の水が枯れ、明日自分や家族が食べる食料なくなることは、人々を不安に陥れ、追いつめます。すでに水不足が原因の紛争は各地で起きています。

シリアでは、気候変動によって2007年から2010年の干ばつが発生。農家が都市に流入し政治不安を招いたことは、紛争の引き金の一つになったと言われています。アフガニスタン2018年、2019年に再び干ばつが襲っており、穀物の収量が激減している。2019年8月から10月の間に、1,023万人(全人口の33%)が深刻な食糧不安に陥っており、これら食糧難は情勢不安を助長しています。

シリア、紛争前(上)と紛争後(下)https://www.boredpanda.com/before-after-war-photos-aleppo-syria/

一見するとただの干ばつ、でもその干ばつは、畜産起源の地球環境の悪化と大いに関わりがあるのです。

レスター・ブラウンはこう述べています。

中東での戦争は、石油よりも水で起きる可能性が高い

Earth Policy Institute、2000

動物と関わり

屠殺場がなくならない限り、戦場もなくならない。

レフ・ニコラエヴィチ・トルストイ

人間とは、人は、殺すことに慣れるために動物を痛めつけてきた歴史を持つ動物です。

1つ目の論点として、猟奇的な殺人を犯す人は、事前に動物を殺している事が多いということが立証されています。国内でも日本でも、東京・埼玉連続幼女誘拐殺人事件、柏市連続通り魔殺人事件、酒鬼薔薇聖斗神戸連続女児殺害、奈良市小一女児殺害事件、附属池田小学校無差別殺傷事件、佐世保女子高生殺害など、印象的な事件の名前が上がります。

動物を殺すことは、人を殺すことと本質的に変わらないことを示しています。

2つ目の論点は、どの国でも、他の地域を侵略するときや他民族を大量虐殺するときは、獣、野獣、野蛮人、動物と表現してきたという歴史があることです。

  • 1915年にアルメニア人を大量虐殺する前、オスマン・トルコ人はアルメニア人を「ラジャ(牛)」と表現した
  • ナチスはユダヤ人を「ネズミ(ラット)」と表現した
  • 日本人は中国侵略の際に羊や蟻や牛と表現した
  • 戦時中はアメリカ人は日本人をサルや犬や虫と表現した
  • ルワンダではフツ族がツチ族の人を「虫」と表現した
  • アメリカ人はベトナム人をシロアリと表現した
  • アメリカ人はイラク人を七面鳥や虫に例えた*1

これは差別の心理構造です。相手を、自分とは違う生き物であると認識することが多くの悲劇を招いてきました。相手を、自分より劣っている生き物と認識する、殺してもいい相手であると認識することが、誰か同じ感受性を持った人を殺す前には必要なことであったのです。

動物なら殺してもいい、動物は自分たちが支配している、畜産動物は自分たちが殺して食べるために生み出したから気にしなくていいと”思い込む”ことは、とても危険な思想の入口になってきたのです。

動物への差別をやめない限り暴力の対象が人に向かうということはいつでも起きる可能性があることです。

彼にとって一度きりの人生

日本の、畜産場や屠殺場で起きていることです。今も。毎日。

50日の苦しい飼育期間が終わり、捕鳥され、屠殺場に運ばれるときにコンテナに首を挟まれ死んだ鶏

ほんの一羽の事故かもしれないけれど、彼にとっては、たった一度の生涯だったのです。それを、人は、ほんの少しのミス、ほんの少しの雑な扱い、気の緩みによって、コンテナの間に頭が挟まり殺してしまいました。

これは毎日どこかで起きている”事故”です。改善する気のない”事故”です。それは未必の故意であり事故とは言いません。にもかかわらず、こういったことが見過ごされる社会には、問題があるのです。

その他にも多数の日常的な暴力が、ありとあらゆる畜産場で当たり前のように起きています。

そういったことを許す社会を、動物を殺して食べる、動物を苦しめて卵を得る、動物性製品を大量に消費する、モノとして消費するという裏側で作り出しています。

そしてこれはその人のミスではなく、そうしたシステムを押し付けている経営者、そしてこの社会に生きるすべての人々が容認しているのです。声を上げない、すべての人のことです。いいものだけを見て、悪いものを改善しようと動かずに傍観者でいる人も含めて、です。

どんなに都合よく思い込もうとしても、事実は変わりません。動物は人と同じように個性を持ち、感受性を持ち、好奇心を持ち、仲間を作り、親友を作り、愛情を持ち、仲間と寄り添い、警戒心を持ち、痛みを感じ、苦しみを感じ、悩み、悲しみ、恐怖し、仲間を失えば鬱々とすらするのです。そして、そのわたしたちと何ら変わらない動物たちを、痛めつけ苦しめるシステムを、わたしたちの社会は内包し、改善に後ろ向きでであり、擁護すらしているのです。

この社会は、本当に平和でしょうか?

動物を差別する行為は、持続可能な社会を目指す人々にとってふさわしい行為でしょうか?

動物を消費する社会には、未来があるでしょうか?

わたしたちはそうは思わないのです。

種差別をしない、それが当たり前になる社会を目指しています。あらゆる手段を講じて。できる限り効果的な手法をとっています。

アニマルライツセンターの活動を支えるため、寄付をしてください。

そして、社会を大きく変える世界一大きな革命に加わってください。

 

*1 チャールズ・パターソン『絶滅の強制収容所』

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