アニマルライツショートストーリー
私はK子。
結婚して20年、専業主婦。大学卒業後すぐに花嫁修行をしながらじっくり選んだ夫は会社員。勉強よりゲームが好きな子どもたちは、大学生と高校生。
家事は一通りきちんとこなす。料理は得意なほう。しかも食材には妥協せず、味にも栄養にも気を配る。
「家族のために一番いいものを選ぶ」
それが、私のプライドだった。高級スーパーは私の主戦場。
もちろん卵ひとつとっても、黄身が濃くて栄養価の高いブランド卵一択だ。
「いいものを選ぶのが、いい主婦」
そう信じて疑わなかった。
そんな私の“選ぶ目”が揺らいだのは、大学時代の友人・S美と、ひさしぶりにお茶をした日だった。
カフェの席に現れたS美は、昔と変わらない雰囲気だった。
コーヒーとケーキを注文した私に対し、彼女は飲み物だけを頼み、チョコケーキを断った。
「いまヴィーガンなの」と彼女は言った。
「動物を苦しめない生活を選んでるの」
学生の頃からちょっとまじめで、いつも“こうあるべき”を語っていたS美。
その理想が、今は“アニマルウェルフェア”というかたちで現実になっているのだから、彼女らしいと思う。
「K子は卵、どこで買ってる?」と彼女が聞いた。
私は何も疑わずに答えた。
「いつもの高級スーパーよ。栄養強化で、黄身が立つやつ」
するとS美は、静かにスマホを取り出して1枚の写真を見せてくれた。
それは、鉄の柵の中に押し込められ、身動きも取れずに並ぶニワトリたちの姿だった。
「これが“バタリーケージ”。日本で売られてる卵の、ほとんどがここから来てるの。
歩けない、羽も広げられない、土も踏めない。…そういう場所で、一生を終えるの」
私は、何も言えなかった。
高い卵を選んでいる、それで“いいことをしている”と思っていた自分の価値観が、
静かに、でも確実に崩れていくのを感じた。
「……うちの卵も、もしかして、ああいうところで?」
思わず口にした私に、S美はやさしくうなずいた。
「そうかもしれない。でも、K子に全部やめてって言うつもりはないの。ただ、“知ったうえで選ぶ”ことが大事なんだと思う。
たとえば、“平飼い卵”を選ぶだけでも、鶏の暮らしは大きく変わるよ」
S美はそう言って、静かにソイラテをひと口飲んだ。
私は彼女のようにヴィーガンにはなれないと思った。
子どもたちが育ち盛りで、食事は日々のエネルギー源。
料理も、買い物も、無理をせず続けていきたい。
でも、私も動物が好きだったはずだ。
家族の健康だけでなく、子育てを通じて命の大切さも感じてるし、畜産動物への配慮ある商品が選べるなら選びたい。
そんな思いが胸の中に湧いてきた。
週末、私は戦いに出た。
向かう先は、もちろん――高級スーパー。私の主戦場。
ここならある。絶対にある。
だって、有機野菜も、グラスフェッド牛乳も、ヒマラヤ岩塩まで置いてるんだから。
「鶏にやさしい卵」なんて、当然あるでしょ?
……と思った私が、甘かった。
卵売り場には、キラキラしたラベルが並ぶ。
「こだわりの濃厚卵」
「黄身が立つ!」
「ミネラルたっぷり」
ええ、そうね、確かに黄身は立つかもしれない。でも――
鶏の人生は、立ってない。というか、動けてすらない。
棚を3往復して、パッケージをじっくり見たけど、
「平飼い」も「ケージフリー」も、書いてない。
スマホで調べても、「環境に配慮」とか「自然な味わい」とか曖昧なワードばかり。
でも、選びたかったものがなかった。
“鶏におもいやりのある平飼い卵はありますか?”
――そう聞いてみたかった。でも、その日は聞けなかった。
私が棚に求めたのは、味でも価格でもブランドでもない。
たったひとつ、「やさしさ」だった。
でも、その高級スーパーには“やさしさ”は、置かれていなかった。
次に行ったときは、言ってみよう。
「すみません、鶏におもいやりのある平飼い卵って、ありますか?」
ちょっと長いけど、ちゃんと伝えたいから、フルで言う。
略すなら、“ケージフリー卵はどこですか?”でも可。
企業の最前線で、30年働く夫も知らないかもしれない。
スマホとゲームのことはなんでも知ってる子どもたちも。
でも、私は知ってしまった。
だから、これまでのようには選べなくなった。
ヴィーガンにはなれないかもしれないけど、
スーパーでの一言なら、私にも言えるのだ。そして、平飼い卵がないというならお願いしてみよう。
平飼いたまごを置いてもらえませんか。
私の主戦場「高級スーパー」に、ありったけの敬意をこめて。
あなたのまわりにもK子さんはいませんか。
あるいはあなた自身が…
アニマルライツセンターは日本中のK子さんの決意を応援します。
そして、日本中のS美と共に、アニマルウェルフェアを広め続けます。