この問いについて、日本の食品企業にとって興味深い研究が発表されています。
2026年5月、明治大学と明治グループの研究者らは、牛の飼育環境に関する情報が、消費者の牛乳に対する評価にどのような影響を与えるかを調べた研究を発表しました。
研究には、明治大学商学部の研究者に加え、明治ホールディングスのサステナビリティ部門、明治の価値創造戦略部門・酪農調達部門、明治飼糧の研究者らが参加しています。
研究者らが問いかけたのは、「乳牛がどのような環境で飼育されているかを伝えることで、消費者が感じる牛乳の価値は高まるのか」という問題です。
「農家の愛情」と「牛にとって快適な環境」を比べる
研究では、2025年8月、日本の20~60代の600人を対象にオンライン実験を行いました。参加したのは、少なくとも月に1回は牛乳を飲む人たちです。
600人を無作為に300人ずつに分け、一方には「農家が愛情をもって牛を育てている」ことを強調した情報を、もう一方には「牛が快適に暮らせる飼育環境を整えている」ことを強調した情報を見せました。
どちらにも、きれいな水、快適な空調、わらの寝床など、ほぼ同じ具体例が示されています。違うのは、それを「農家の愛情」として伝えるのか、「牛の快適さ」として伝えるのかです。
その後、牛乳の商品画像を見せ、その牛乳をどの程度魅力的だと思うかを尋ねました。
結果は、
「農家の愛情」 73.7%
「牛にとって快適な環境」 81.0%
でした。
研究者らの分析では、この差は単なる偶然によって生じたとは考えにくい結果でした。
つまり、同じような飼育上の取り組みでも、「農家が牛を大切にしている」と伝えるより、「牛自身が快適に暮らせる環境である」と伝えたほうが、牛乳を魅力的だと感じる人が多かったのです。
研究者らは、この結果から、アニマルウェルフェアが「顧客価値の源泉になり得る」としています。
ただし、この研究が直接調べたのは売上や企業価値ではありません。また、明治の商品を使った実験であるため、研究者自身も結果をそのまま他の商品や企業に当てはめることには限界があるとしています。
それでも、アニマルウェルフェアへの取り組みが、消費者が商品に感じる価値につながる可能性を日本で実験した研究として注目できます。
では、アニマルウェルフェアについて、具体的な情報を詳しく伝えれば伝えるほど、消費者から高く評価されるのでしょうか。
ここで、もう一つ興味深い研究があります。
2026年8月、ドイツ・ザールラント大学のMarcel Nicolas Grub氏とAndrea Groeppel-Klein氏による研究が、査読付き国際学術誌『Appetite』に掲載されました。
研究タイトルは、“Beyond transparency: The double-edged effects of animal husbandry and welfare information on consumer perceptions of meat”。
研究者たちが注目したのは、アニマルウェルフェア情報の「フレーミング」――同じ事実をどのような形で伝えるか――です。
「2倍長く育てています」と「81日間育てています」
たとえば、通常40日ほどで出荷される鶏を81日間飼育する場合、
「通常より少なくとも2倍長く飼育しています」
と伝えることができます。
一方、
「通常40日のところ、少なくとも81日間飼育しています」
と具体的な数字で伝えることもできます。
どちらも同じ改善について説明しています。
ところが研究では、「通常より2倍長い」と相対的に伝えた人たちのほうが、「81日」と絶対的な数字を示された人たちより、肉の品質を高く評価しました。
研究者たちは、さらに飼育密度についても調べています。
今度は、
「通常の半分の飼育密度」
と、
「1平方メートルあたり10羽(通常は20羽)」
という二つの伝え方を比較しました。
ここでも、「通常の半分」と伝えた場合のほうが商品の評価は高くなりました。購入意向を100点満点で測ると、「通常の半分」と伝えたグループは73.65、「1平方メートルに10羽」と伝えたグループは66.50でした。
「オーガニックでも、実際はこうなのか」
なぜ、同じ改善を伝えているのに、具体的な数字を見せると評価が下がったのでしょうか。
研究者たちが注目したのが、“sobering realization”、それまで抱いていたイメージと実際の飼育環境とのギャップに気づくことです。
「オーガニック」「アニマルウェルフェアに配慮」と聞けば、消費者は良好な飼育環境を思い浮かべるかもしれません。
しかし、
「1平方メートルに10羽」
という具体的な数字を見ると、
「自分が想像していたほど良い環境ではなかった」
と気づく人が出てきます。
研究では、こうした現実への気づきが心理的な不快感につながり、その不快感が商品の品質評価の低下と関係していることが示されました。
これは、実際のアニマルウェルフェアをめぐる議論にも通じます。
たとえば採卵鶏では、ケージ飼育から平飼いに移行することは、鶏が歩いたり羽を広げたりできるようになる重要な改善です。
一方で、平飼いであっても飼育密度が高ければ、「ケージから出しただけで、鶏がぎゅうぎゅう詰めになっている」と批判する人もいます。
つまり、「以前より改善した」ということと、「現在の飼育環境そのものが十分に良い」ということは、同じではありません。
『Appetite』の研究でいえば、「通常の半分の密度になった」ことと、「それでも1平方メートルに10羽いる」ことは、どちらも同時に事実です。
では、企業はどちらを伝えるべきなのでしょうか。
ここからは、この二つの研究を踏まえた、アニマルライツセンターの考察です。
商品のパッケージや広告には、伝えられる情報量に限界があります。消費者にアニマルウェルフェアの価値を理解してもらうためには、「何がどう改善されたのか」をわかりやすく伝えることも必要でしょう。
しかし、それは具体的な数字を企業が開示しなくてもよい、ということではありません。
数字を必要とする重要な相手が、投資家や金融機関など、企業に資金を提供する側です。
上場企業なら、株式市場から資金を調達します。しかし、上場していない企業であっても、事業を続け、設備を更新し、新しい取り組みを行うためには、銀行からの借入など外部から資金を調達することがあります。
さらに生産者がアニマルウェルフェアを改善するにも、当然資金が必要です。
飼育設備を変更する。調達先を切り替える。サプライヤーに新しい基準を求める。新たな監査や管理体制をつくる。こうした取り組みにはコストがかかります。
だから資金を提供する側にとって重要なのは、単に、
「アニマルウェルフェアに取り組んでいます」
という宣言だけではありません。
どこまで対応しているのか。何%まで移行したのか。いつまでにどこまで進めるのか。そのためにどれだけの投資が必要なのか。対応しなかった場合にどのような事業上のリスクがあるのか。
こうした数字があって初めて、企業の将来の費用やリスクを判断する材料になります。仮にアニマルウェルフェアをよく知らない金融機関でさえ、数字には説得させられます。
つまり、アニマルウェルフェアを企業の非財務情報として考えるなら、消費者へのコミュニケーションと、投資家や金融機関への情報開示は、分けて考える必要があるのではないでしょうか。
消費者には、アニマルウェルフェアによって商品にどのような価値が生まれるのかをわかりやすく伝える。
一方、投資家や金融機関には、改善の実態と今後の計画を数字で示す。
もちろん、これは投資家にだけ数字を見せればよいという意味ではありません。消費者にも、必要であれば実際の飼育環境を確認できる透明性が必要です。
重要なのは、「誰に、何を、どこまで伝えるのか」を考えることです。
明治大学と明治グループの研究からは、「牛にとって快適な飼育環境」という情報が、消費者が感じる商品の魅力につながる可能性が見えてきました。
一方、2026年8月に査読付き国際学術誌『Appetite』に掲載された研究からは、同じアニマルウェルフェア改善でも、その伝え方によって消費者の評価が変わることがわかります。
そして企業にとっては、その先があります。
アニマルウェルフェアが商品価値となり、企業の将来の費用やリスクにも関係するのであれば、それは投資家や金融機関が企業を評価するための情報にもなります。
だからこそ企業には、
消費者には、アニマルウェルフェアの価値をわかりやすく伝える。
そして、
資金を提供する側には、その取り組みの実態を数字で示す。
この二つが必要になってくるのではないでしょうか。
アニマルウェルフェアについて企業に問われるのは、もはや「取り組んでいるか」だけではありません。
何を改善したのか。どこまで改善したのか。そして、それを誰に、どのように伝えるのか。
アニマルウェルフェアを企業の価値につなげていくためには、そこまで考える時代に入っているのではないでしょうか。
参考文献・関連資料
加藤拓巳ほか(2026年5月)
“Farmers’ Love vs. Comfortable Facilities – Comparing the Effects of Animal Welfare Claims on the Perceived Value of Milk –”
Proceedings of the 12th International Symposium on Affective Science and Engineering(査読付き)
明治大学、明治ホールディングス、明治、明治飼糧の研究者による共同研究。
DOI:10.5057/isase.2026-C000005
J-STAGE 論文ページ
Marcel Nicolas Grub & Andrea Groeppel-Klein(2026年8月)
“Beyond transparency: The double-edged effects of animal husbandry and welfare information on consumer perceptions of meat”
Appetite, Vol. 223, Article 108554(査読付き国際学術誌)
DOI:10.1016/j.appet.2026.108554
ScienceDirect 論文ページ