日本豆乳協会の発表によれば、2025年(1–12月)の国内豆乳類生産量は444,552kLと過去最高を記録し、前年比108.2%に拡大しました。植物性食品はもはやニッチな代替品ではありません。アレルギーなど体調や好みに関係なく、進んで“選ばれる定番”へと移行していました。
一方、農林水産省の牛乳乳製品統計では、牛乳生産量は前年同月比で微減傾向にあります。わずかな変化に見えるかもしれませんが、社会の選択は確実に動いています。アニマルウェルフェア的にはもちろん、むしろアニマルライツの観点からも、豆乳は動物犠牲を減らす方向へ社会を押し出した象徴的な商品です。
しかし、豆乳は最初から歓迎されていたわけではありませんでした。
豆乳が飲まれるようになった起源は、2000年以上昔の中国だといわれています。大豆をすり潰して煮て、その汁を濾して飲んだのが始まりで、この液体ににがりを加えて固めたものが豆腐になりました。 豆乳は8世紀の奈良時代に日本へ伝わりましたが、日本では豆乳をそのまま飲むよりも、豆腐や湯葉に加工して“固形で食べる”文化が根づきました。豆腐は日本食に欠かせない食材になった一方で、「豆乳を飲む文化」そのものは広がらず、長く周縁に置かれてきたのです。
その豆乳が「国民的健康ドリンク」へ転じた転機は、1980年代に訪れます。そのころの豆乳はいわゆる無調整。だから豆乳は「健康のために仕方なく飲むもの」という存在でした。
そこに風穴を開けたのが、紀文とマルサンという主に2社の挑戦です。
マルサン(現マルサンアイ株式会社)は、甘い果汁に少量の豆乳を混ぜたジュース的なドリンクを販売しました。
対して、紀文(現キッコーマン株式会社の一部門)は、牛乳に少量の豆乳(無調整)混ぜた乳飲料販売しました。
両者の商品はパッケージに豆乳の文字を入れ、少し混ぜるのですが、ほとんど豆乳の味はしない商品でした。挑戦の背景には、高度経済成長期の飽食に病んだ日本に健康食ブームが到来していたことがあります。とはいえ日本食に縁の深い2社には、現代的な人気商品の開発が急務でした。そこで目を付けたのが豆乳です。しかし当時の豆乳は大豆そのものの味で苦手な人が多かったのです。そのため両社はみんながなじんだ味に少量の豆乳を混ぜることで、心理的ハードルを下げ、市場を広げていく戦略をとり、それから長い時間をかけていきました。そしてこの“少し混ぜる”設計が、豆乳を一気に日常へ押し出しだすことになるのです。

①心理的ハードルを下げる
②接触回数を増やして“当たり前化”する
③市場が整うまでの“時間”をつくる
1980年代の日本には、100%豆乳を大量消費する市場はありませんでした。混合商品で需要の裾野を広げるあいだに、生産技術が磨かれ、味が洗練され、調製豆乳・無調整豆乳・豆乳スイーツへと市場が育っていきます。 豆乳は、完成された市場があったから広がったのではありません。 “混ぜること”が市場を育てたのです。
そして今、ケージフリーも同じ地点に立っています 日本国内で流通する平飼い卵は、まだ限られています(2025年アニマルライツセンター調べ)。この状況で、すべての企業が一斉に100%ケージフリーへ切り替えるのは、供給面でも価格面でも現実的ではありません。 だからこそ、豆乳と同じく鍵になるのが、「部分的に混ぜる」という移行戦略です。
最初は5%でもいいから平飼いに切り替えて数値を公表する、 さらに非財務情報や商品情報として継続的に発信する、これは未完成でも後ろめたいことでもなく、市場を育てるための第一歩として、企業は堂々と取り組みを公表すべきなのです。
部分導入には、企業側に明確なメリットもあります。
1,価格転嫁リスクを分散できる
2,サプライチェーンを段階的に構築できる
3,消費者の価格受容度を検証できる
4,移行計画を示し、ESG評価の土台をつくれる
5,現在のESGの文脈でも、問われるのは「完璧かどうか」より、移行計画と進捗の透明性
残念なことに、日本では諸外国のような大手有名食品企業による「〇〇年までに100%ケージフリー宣言」は、いまだ相次いでいません。 一方、海外では2025年を期限とするケージフリー転換コミットメントが数多く存在し、達成・最終局面に入った企業が多い年でした。 いわば運動が“良い方向に収束する時代”に入りつつあります。
それでも日本でも、変化の兆しは確かにあります。 キユーピーは、2030年までにキユーピーマヨネーズに使う卵のうち一定割合をケージフリーへ切り替える方針を公表しています。 またブルボンも、公式文書の中でケージフリー卵への切り替えについて「5%」という当面目標を示しました。 これらは決して小さな出来事ではありません。 いま日本企業が現実的に到達できる最高地点が「一定割合の切り替え」だとするなら、なおさらです。 豆乳がそうであったように、「混ぜること」は妥協ではありません。 それは市場をつくるための戦略なのです。 認知が広がり、需要が生まれ、供給が増え、やがて100%が現実になる。 いま必要なのは、完璧な宣言ではなく、最初の数%を隠さず公表する勇気です。 豆乳が長い空白を越えて国民的飲料になったように。 「混ぜる」という一歩が、ケージフリーの未来をつくります。
以上のように、多くの畜産物が豆乳の成功に続いてほしいものです。しかし忘れてはならないのは――
1980年代に始まったこの取り組みによって、豆乳が“定番商品”の地位となったのは2000年前後のことなのです。普及には実に約20年もかかったことになります。いまではどこのスーパーでもフルーツ豆乳が何種類も売られるようになりましたし、カフェでは調整豆乳をつかったソイラテが人気です。しかしこの流れが2社の取り組みから始まり、他社が参入し、棚が広がり、味が改良され、今の市場が育つまでには20年という時間が必要でした。
豆乳は、時間をかけて育った成功例です。他の畜産物でも同様な流れがほしいですが、動物たちのことを考えると20年待つことはできません。いま、動物の苦痛を減らすための取り組みの最前線にあるのはケージフリーです。豆乳の例のように数少ない先駆的な企業にまかせるのではなく、多くの企業が同時に取り組む必要があります。
平飼い卵の認知度が低いからと、できない理由を挙げる前に、少しでもいいから、混ぜて、公表して、企業の側から認知度をあげる努力をしてほしいのです。
今使っている卵の
5%でもいい。
3%でもいい。
1%でもいい。
平飼い卵を積極的に混ぜてほしい。そして、いずれは最終的には100%を目指すというあるべき姿とともに公表してほしい。それが市場を動かすからです。
同時に、消費者にもお願いがあります。
ときに段階的な商品は、不完全に見えることがあります。
大豆ハンバーグなのに卵が使われている。植物性ミートなのに乳成分が入っている。ヴィーガンの立場では食べられず、残念な気持ちになるのは当然です。けれど、それは「後退」ではなく、移行の途中かもしれません。動物性使用量がゼロでなくても、減っているなら、それは前進です。完全でないからといって排除するのではなく、減らす努力をする企業を評価する。そうした消費者の姿勢が、企業の挑戦を後押しします。
豆乳は、主に2社の取り組みから始まりました。そして20年かけて広がりました。しかし今は、もっとスピードが必要です。もし100社1000社が同時に「まずは5%混ぜます」と公表したらどうなるでしょうか。
供給は増え、投資が動き、生産者が転換に踏み出します。市場は一気に加速するでしょう。
つまり時間が短縮できるのです。
豆乳が教えてくれたのは、「混ぜること」が市場をつくるということ。しかし動物のためには、そのスピードを何倍にも上げなければなりません。企業が少しでも混ぜる。それを公表する。消費者が受け止め、応援する。この連鎖こそが、100%への最短距離です。動物たちは待てません。だからこそ、いま、多くの企業と多くの消費者が動く必要があるのです。
